色は輝く、黄金(こがね)色!
食べればじんわり、心の中まで黄金(こがね)が吹くぜ!
江戸の評判、茶店の味だよ、
看板娘だ、おさつとかぼちゃの2色茶巾!
10月のお菓子は、・・・おさつとかぼちゃの2色茶巾☆

おさつとかぼちゃの2色茶巾・材料
- サツマイモ………100g
- カボチャ………100g
- 砂糖………20g
①.サツマイモは皮ごと、カボチャは皮を剥いて、それぞれ大きめひと口大に切る。
②.柔らかくなるまで10数分、蒸気の上がった蒸し器で蒸す。
③.竹串がスーッと通るようになったら火からおろし、熱いうちにサツマイモから擂り鉢でマッシュする。
④.砂糖を10g加えて擂り混ぜ、そのまま冷ます。
カボチャも、同じようにする。

おさつとかぼちゃの2色茶巾・工程
⑤.ラップを拡げて、サツマイモとカボチャのマッシュをのせ、包んで口をひねり、茶巾絞りのように仕上げる。
「和心文化メッセンジャー」・・・山野亜紀からの一言♡
こちらのコーナーでは、デザートをランダムに毎月ご紹介をしていきます。
どうぞ、お楽しみに♡
お菓子にもよく使われている、カボチャさんと、サツマイモさんです♡
・・・子供童話でも、カボチャの馬車が出てくるくらいですから☆
どちらのお方も世界的規模で、お菓子としても愛されているのではないでしょうか。
サツマイモさんは、ビタミン類が比較的多いそうで、分類としては、はっきり言ってイモ類☆です。
・・・逆にカボチャさんはと言えば、カロテンの含有量がずば抜けていて、緑黄色野菜の分類に。
ビタミンCやEも豊富で、風邪予防はもちろん、免疫力もアップ☆
老化防止にも一役買って下さるといいますから、・・・あの硬~い皮をたたっ切ってでも(!)
愛してさしあげたい、お野菜ですよね・・・♡
サツマイモさんは、救荒作物として大活躍をされた方だと、「さつまいもご飯」でもご紹介をしたのですが・・・。
カボチャさんの方は、日本にやって来られたのは安土桃山時代。
・・・はい、織田信長さんとかが、活躍をしておられた時代です・・・。
かのお方が安土城に移った年(1576年)に、ポルトガル人が種子島に漂着(!)
ポンキンという種類が、種の状態でまず日本に、お持ち込みになられました・・・。
・・・これって実は、ペポカカボチャの一種(!)で、食べても美味しくないカボチャさん(!)だったのですね・・・。
今では飼料用か、装飾用でしか活躍の場がないんだそうで、だからこそ・・・。
・・・日本では、カボチャさんは中々に。
馴染み深い存在になるまで、とにかく時間が掛かりました・・・。 (>_<)
よほど、日本ではなかなかに見かけないタイプのお方だったのでしょう。
「毒があるんじゃないか」とまで言われて、ホントに民人には愛してもらえず・・・。 (´_`。)
ポルトガル人が、カンボジアから持ち込んだから・・・という事で。
日本では、「カボチャ」と名付けられたなる説があるそうですが、さんざんな上陸だったんですねぇ、カボチャさん。
おいたわしや・・・★
ちなみに今、日本で食べられているカボチャは、2系統になるそう。
・・・まず一つは、ボーブラ(ボウブラ、ボブラ、ボウフラとも)と呼ばれている種類。
ポルトガル語が訛って名付けられた種類だそうで、菊座カボチャの類いです。
ではもう一方はといえば、中国の南京で改良されてきたからなのか・・・?
「ナンキンカボチャ」とか、「トウナス」と呼ばれているそう。
・・・とにかく、お江戸開闢の頃のカボチャさんは、長崎の辺りで栽培されていただけ(!)
しかも、紅毛人や唐人に向けてだけのモノでしかありませんでした・・・★
それが、三代将軍・家光の時代になって、ようやく・・・。
旧荏原郡に大崎村(現在の品川区大崎)という場所で、・・・そこは今もあるんですが、「東海寺という、お寺」が当時、建立されます。
・・・そこの沢庵宗彭和尚がわざわざ、上方から・・・お取り寄せまでして(!!)
大崎居木橋(おおさき・いるきばし)の村名主である、松原庄左衛門に頼んでまでして・・・カボチャさん、栽培をしてもらったんです。
・・・そこまでしてもらったんですが、これまた八代将軍・吉宗の頃になってもまだまだ、なかなかに認めてもらえず・・・。 。゚(T^T)゚。
ところが、お江戸ではそうだったんですが★
・・・京都☆で植え付けが始まったのは、四代将軍・家綱の時代から。
こちらがまた☆ミラクルな話☆で、今でもこのカボチャ、鹿ケ谷産が有名なんだそうですが、何故だか奥州津軽から取り寄せたばかりの時には、・・・もとはただの普通の丸いカボチャだったのに(!)
・・・京都の土が性に合ったのか、それとも何かがあったのか(?)
連作をしていくうちに、びっくりポン!と、何とその姿がに豹変っ!!!
・・・写真の如く、ヒョウタン型に変形(!)をしてしまい、しても巨大化までされてしまったんですね。
当時の京都人、びっくりはしたと思うんですが、何しろ病害にも強かったんで、土地の民にはたいそう喜ばれ、それから発展をされるようになったというから、驚きです。 (^▽^;)
ちなみに九州の方では、カボチャの形が「ボウブラという土瓶に似ている」から「ボウブラ」。
・・・関東では、唐(中国)のナスの意味で、トウナスと呼ばれていましたが、・・・そういえば、お芝居の演目でも「唐茄子売り」なんてありました♡
・・・はてさて、これが明治の頃にもなると、今や主流になったナタワリ(セイヨウカボチャ)がやって来ます。
・・・寒冷な土地でも育つというので、あちこちで栽培されるようになりました。
「わりに育てやすくて、豊作なことが多い☆」ので、ここからようやくカボチャさんは、日本全国津々浦々・・・。
たくさんの皆様に愛されるようになりましたんだそうです、良かったですね・・・。 (T_T)

おさつとかぼちゃの2食茶巾☆
食物繊維いっぱいで、ビタミンCも多い・・・サツマイモさんと。
カロテンが多くて、身体を温める効果もあるカボチャさんは、だからこそ冬至の行事食にもなられたのでしょう。
キレイな二色、・・・こんなに身体に良いお菓子はいかがでしょうか。
食べればじんわり、心の芯まで甘くしてくれる・・・優しいおやつです♡
■山野亜紀のHP「ねんきら☆」でも、よろしければお楽しみ下さい☆
※「流れ流れてサツマイモ、カボチャもそうだね、小松菜どこから、日本人」~旬エッセイ・2014
<2017.10.23更新>